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第5期(1999〜2012年)「理念先行・制度未熟期」新基本法が描いた多面的機能、政権交代が揺さぶった担い手政策

食料・農業・農村基本法の理念的転換

 1999年の食料・農業・農村基本法(新農業基本法)は、旧農業基本法(1961年)から38年ぶりの農政の体系的転換を試みた。その最大の特徴は、農業の「多面的機能」を初めて法律上に明示したことである。

 法律が掲げた4本柱は、食料の安定供給、農業の持続的発展、農村の振興、そして多面的機能の発揮であった。多面的機能とは、国土保全(洪水防止・土砂崩壊防止)、水源涵養、自然環境・生物多様性保全、景観・文化的価値、農村交流といった農業の市場外的価値を指す。これはフランスを含むEUが「農村開発政策」として体系化してきた概念に接近するものであり、農業を「食料生産産業」に限定せず「国土・社会・環境を支えるシステム」として位置づける発想の転換であった。

 しかしこの理念の転換を現実に落とし込む制度的手段は、当初から脆弱であった。直接支払いの水準は低く、対象となる農家・地域の範囲も限られ、行政の事務負担も重かった。農村が多面的機能を維持するためのコストを社会全体で負担するというフランス型の発想は、日本では「農家への補助金」という観点からの批判に常にさらされた。

品目横断的経営安定対策と担い手政策

 2007年に導入された品目横断的経営安定対策は、政策の対象を「認定農業者」と「集落営農組織」に限定し、一定規模以上の担い手に政策資源を集中する方向を打ち出した。これはフランスのCAPが農業者を「経営体」として位置づけ、直接支払いを農業経営の柱に据えた方向性に接近する試みであった。

 しかし所得補償の水準が低く、かつ毎年の補正予算に頼る不安定な財源構造のもとでは、農家が長期的な経営計画を立てることができなかった。フランスのCAPが7年単位の財政枠組みのもとで安定的な所得支持を提供するのに対し、日本の担い手政策は「いつ変わるかわからない」不安定さを農家に与え続けた。

民主党政権の戸別所得補償制度:担い手路線からの後退

 2009年の政権交代で発足した民主党政権は、2010年から戸別所得補償制度を導入した。これは農業者の規模・経営形態を問わず、すべての農家を対象に所得補償を行うものであった。

 政策理念としては、農業者の所得安定という観点から意義があった。しかし品目横断的経営安定対策が進めていた担い手への政策集中という方向性とは逆行するものであった。また制度の財源として当初は農家拠出の積立を想定したが、財政制約から国費に頼る構造となり、持続可能性に疑問が呈された。

 2012年の政権再交代(安倍政権)によって戸別所得補償制度は見直され、再び担い手重点化路線へと揺り戻された。この政権交代のたびに農業政策の基本方向が変わるという現象は、日本農政の一貫性の欠如を象徴するものであり、フランスがCAPという超国家的枠組みで政策の継続性を確保してきたこととの対比において、際立った欠点として認識されなければならない。

北海道での政策乖離の始まり

第5期は、農政の理念と北海道農業の現実の乖離が顕在化し始めた時期でもある。

 稲作では、「きらら397」(1988年品種登録)に続き「ゆめぴりか」(2008年品種登録)など高品質品種のブランド化が進んだ。しかし生産調整が継続するなかで、産地間の競争が激化し、米価の慢性的低迷が続いた。食味の向上と価格の下落が並行するという逆説的な状況が生まれた。

 畑作では、認定農業者・集落営農法人への政策集中が一定の効果を発揮し、十勝の農業法人化が加速した。しかし補助金水準の低さと制度の不安定さから、農家が大規模投資を行うことへの躊躇は解消されなかった。

 酪農では、大規模化が急速に進んだ一方で、構造的問題が潜在化した。飼料の多くを輸入に依存する北海道酪農にとって、飼料費の変動リスクは常に経営を脅かす要因であった。乳価引き上げが飼料費上昇に追いつかない「コストプッシュ型の経営圧迫」は、この時期から繰り返されるパターンとなっていた。

第5期(1999〜2012):多面的機能・担い手政策期の構造 食料・農業・農村基本法を軸に4本柱が掲げられるが、政権交代で政策が揺れ、理念と実態の乖離が始まる構造図 背景:旧基本法の限界とWTO体制の本格化 農業の多面的機能への社会的認識の高まり。WTO・FTA圧力が継続。農村過疎・担い手不足が深刻化 食料・農業・農村基本法(新農業基本法・1999年) 4本柱の政策目標 食料安定供給 自給率目標設定 (45%カロリー) 持続的農業発展 認定農業者制度 品目横断安定対策 農村の振興 中山間地域等 直接支払制度 多面的機能 国土保全・水源 涵養・農村交流 民主党政権:戸別所得補償制度(2010〜12) 全農家対象の所得補償→担い手集中から後退。減反廃止論との矛盾。政権交代で再転換 北海道での政策乖離の始まり 稲作:減反継続・産地間競争激化 畑作:担い手法人化進むも補助水準が低く不安定 酪農:大規模化加速も乳価低迷・飼料費高騰の構造問題が潜在化。多面的機能の担い手不足
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