第6期(2013年〜現在)「政策乖離・危機顕在化期」制度は整ったが、農村は崩れていく
農地中間管理機構(農地バンク)の創設
2013年、農地中間管理機構(農地バンク)が設立された。離農農家の農地を中間管理機構が借り上げ、意欲ある農業者に転貸することで農地集積を加速するという構想であった。農地の利用権を仲介する機関という意味では、フランスのSAFER(農村土地整備機関)に類似した発想である。
北海道では一定の成果をあげた地域もある。十勝の大規模畑作農家を中心に、農地バンクを経由した農地集積が進んだ事例はある。しかし制度全体としての課題は大きかった。農地価格の高騰・高齢農家の「将来の選択肢を残したい」という心理・相続問題の複雑さなどが農地流動化を妨げ、当初期待されたほどの集積速度は実現しなかった。また農地バンクの手数料・事務負担が農家にとって重く、直接の相対取引を好む農家が多かった。
生産調整(減反)廃止とその実態
2018年、約50年間にわたった生産調整(減反)が廃止された。米の生産量を行政が管理する仕組みを終わらせ、農家が市場の需給に応じて自ら生産判断を行う体制への移行を意図するものであった。
しかし実態は大きく異なった。都道府県・JAが「自主的な生産数量の目安」を設定し、事実上の生産調整が継続された。農家の側も、全員が競争的に増産すれば米価が暴落するリスクをよく理解していたため、自主的に生産抑制に従った。「廃止」は制度の廃止であって、生産行動の変化ではなかった。
北海道の稲作農家にとって、制度の廃止は価格リスクの増大を意味した。生産調整廃止後の米価は市場に委ねられるが、大産地間の競争激化・需要縮小・外食業者の価格交渉力強化などにより、2010年代後半の米価は慢性的な低迷を続けた。
日本型直接支払制度:理念と現実の乖離
2015年、日本型直接支払制度が法制化された。中山間地域等直接支払、多面的機能支払、環境保全型農業直接支払の三制度からなるこの体系は、1999年基本法が掲げた多面的機能の理念を制度化したものと位置づけられる。
しかし制度の実態は、理念から大きく乖離している。
多面的機能支払については、農地・農業用水・農道の共同管理を行う「活動組織」に対して支払いが行われる。しかし活動組織を構成する農家・集落住民の高齢化が著しく、担い手不足で組織が解散するケースが相次いでいる。事務書類の煩雑さも深刻であり、小規模集落では対応自体が困難な状況にある。支払い単価も実際の管理コストを下回るため、「補助金のために仕事を増やす」という本末転倒な状況を生んでいる。
農村交流・グリーンツーリズムについては、一部の先進地域で成功事例があるものの、面的な広がりに欠ける。北海道農業の多面的機能(広大な農村景観・自然環境・食の文化)は観光資源として潜在的価値が高いが、農家が観光を副業として経営に組み込む体制は整っていない。フランスが農業・農村観光を農家所得の補完として体系化してきたのとは大きな差がある。
北海道酪農の構造的危機
2022年以降、北海道酪農は「構造的危機」と呼ぶべき状況に陥った。ウクライナ侵攻に起因する飼料・エネルギー費の高騰、円安による輸入コストの上昇、乳価引き上げの遅延が重なり、経営赤字に陥る農家が急増した。廃業・離農件数は2023〜24年にかけて急増し、長年かけて形成してきた北海道の酪農基盤が急速に縮小した。
政府の対応は緊急経営支援金・飼料費補助という対症療法の繰り返しであり、乳価体系の抜本的見直しや酪農経営の構造改革には至らなかった。問題の本質は、規模拡大のための多額の借入を抱えた農家が、行政的に制約された乳価と市場価格で変動する飼料費というコスト構造のなかで経営継続できない構造にある。フランスが乳業メーカーとの価格交渉において農業者団体が実質的な当事者として機能するのに対し、日本では農家の交渉力は農協経由で形式化しており、乳価決定過程での農家の主体性は極めて低い。
北海道畑作:十勝モデルの光と影
十勝の大規模畑作農業は、日本農業の「成功例」として語られることが多い。法人化・大規模化が進み、数十ヘクタール規模の経営体が標準化しつつある。しかしその実態には深刻な課題が潜む。
ビート・でんぷん用馬鈴薯の契約栽培は、製糖会社・でんぷん工場の経営判断に農家の経営が全面的に依存する構造を意味する。近年、一部製糖会社が工場再編・統廃合を進めており、農家にとっての「販路の喪失リスク」が現実のものとなりつつある。小麦は国産需要が拡大しているが、製粉業者の調達体制が国産対応に十分でない問題がある。労働力不足は深刻であり、外国人技能実習・特定技能制度への依存が高まっているが、制度自体の不安定さが経営リスクとなっている。
政策目標と現実の乖離:総括
第6期において、1999年基本法が掲げた4つの政策目標はいずれも達成不全の状態にある。食料自給率はカロリーベースで38%前後に低迷し、農業の持続的発展どころか担い手の急減が続いている。農村の振興は名目に留まり、農村交流・移住促進は点的な成功事例を超えていない。多面的機能は制度化されたが、その担い手となるべき農村コミュニティ自体が崩壊の危機にある。
フランスとの本質的差異は制度の水準ではなく、農業政策を貫く「哲学の一貫性」にある。フランス・EUはCAPを通じて「農業は市場だけに委ねてはならない公共財である」という哲学を60年以上にわたって維持してきた。日本では農業政策は常に選挙政治・財政制約・貿易交渉という三つの圧力に挟まれ、哲学的な一貫性を持てなかった。
北海道農業が持続可能であるためには、少なくとも三つの条件が必要である。第一に、フランスのCAPに匹敵する水準・安定性を持つ直接支払い制度の確立。第二に、農業者が経営主体として自律できる乳価・農産物価格の形成システムの改革。第三に、多面的機能を支える農村コミュニティの維持に対する、補助金に依存しない経済的基盤(農村観光・地域エネルギー・農福連携など)の構築である。いずれも、現在の政策体系が提供しているものからは程遠い水準にある。